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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)2899号 判決

原告

横田重信

中島九州男

米田三男

右三名訴訟代理人弁護士

津田聡夫

他一〇名

被告

あけぼのタクシー有限会社

右代表者代表取締役

瓜生哲也

右訴訟代理人弁護士

苑田美穀

他二名

主文

一  被告が原告らに対してなした別紙一記載の各休職の懲戒処分がいずれも無効であることを確認する。

二  被告は、原告横田重信に対し金六八万一七六〇円、同中島九州男に対し金六二万九〇九二円及び同米田三男に対し金五四万〇四一一円並びに右各金員に対するそれぞれ昭和五七年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

(一)  被告は、旅客運送を業とする有限会社であり、原告らは被告に雇用されたタクシー運転手で、あけぼのタクシー労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。

(二)  被告は、原告らに対し、それぞれ別紙一のとおり各休職の懲戒処分(以下「本件各懲戒処分」という。)をなした。

(三)  しかしながら、本件各懲戒処分は、何ら懲戒事由が存しないのになされたものであり違法かつ無効である。

(四)  原告らは、被告から、毎月一一日に、前月一日から末日までの分の賃金の支払を受けていたところ、本件各懲戒処分により、原告横田及び同中島は各四か月、同米田は三か月の休職を余儀なくされ、その間の賃金の支払を受けていない。原告らの、右休業直前三か月の平均賃金は、それぞれ一ケ月あたり、原告横田が一七万〇四四〇円、同中島が一五万七二七三円、同米田が一八万〇一三七円であつた。

よつて、原告らは、本件各懲戒処分がいずれも無効であることの確認を求めるとともに、被告に対し、それぞれ未払賃金として原告横田につき六八万一七六〇円、同中島につき六二万九〇九二円及び同米田につき五四万〇四一一円並びにこれらに対する履行期の経過した後である昭和五七年一〇月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因(一)、(二)及び(四)の各事実は認め、同(三)は争う。

三  抗弁(懲戒事由)

本件各懲戒処分は、以下のとおり就業規則に基づきなされたもので、適法かつ有効である。

(一)  原告横田

1 昭和五七年四月二六日付休職一か月の懲戒処分

(1) 被告は同原告に対し、同年三月二四日、同原告が同月二二日に交通事故を起こしたことを理由に、出勤停止一週間の懲戒処分をなすとともに、同原告に始末書を提出させた。ところが、同原告は、同年四月五日、組合執行委員長横田重信名による抗議書を被告に提出したばかりでなく、更に、同月二〇日ころから原告中島とともに、宣伝カーに乗車し、組合名を用いて、被告の信用を失墜せしめてその利益を害し、代表者個人を誹謗中傷する、別紙二記載のとおりの文言による宣伝活動(以下「本件宣伝活動」という。)を始めた。

(2) そこで被告は、同月二六日、同原告に対し、抗議書の趣旨及び本件宣伝活動の内容等を確認するため事情聴取をしたが、同原告は自己の非を認めることなく、本件宣伝活動を継続する意思を表明し、改悛の見込みがなかつた。

(3) 被告は、同原告の右行為が、就業規則七三条「従業員が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇する。ただし、情状によつて減俸、格下げ若しくは懲戒休職とすることがある。」の五号「一回以上懲戒処分を受けたにもかかわらずなお改しゆんの見込みがないとき」に該当するものとして同条但書を適用し、同六二条八号により休職一ケ月の懲戒処分に付したものである。

2 同年五月二六日付休職三か月の懲戒処分

(1) 同原告は、右1の懲戒休職期間中にもかかわらず、本件宣伝活動を継続し、被告の信用を失墜させ、営業上の減収をもたらし多大の損害を与えた。

(2) 被告は、同原告の右行為が、就業規則七三条の二五号「故意又は重大なる過失により会社に損害を与え又は与えようとしたとき、若しくは、会社の信用をそこなつたとき」に該当するものとして同条但書を適用し、同六二条八号により休職三か月の懲戒処分に付したものである。

(二)  原告中島

1 昭和五七年四月二七日付休職一か月の懲戒処分

(1) 被告は同原告に対し、同年四月一三日、同原告が同月一一日に交通事故を起こしたことを理由に、出勤停止一週間の懲戒処分をなすとともに、同原告に始末書を提出させた。ところが、同原告は前記のとおり、同月二〇日ころから原告横田とともに本件宣伝活動を始め、更に、同年四月二六日、原告横田と協議のうえ、組合執行委員長横田重信名による抗議書を被告に提出した。

(2) そこで被告は、同月二七日、同原告に対し、抗議書の趣旨及び本件宣伝活動の内容等を確認するため事情聴取をしたが、同原告は自己の非を認めることなく、本件宣伝活動を継続する意思を表明し、改悛の見込みがなかつた。

(3) 被告は、同原告の右行為が、就業規則七三条五号に該当するものとして同条但書を適用し、同六二条八号により休職一ケ月の懲戒処分に付したものである。

2 同年五月二七日付懲戒休職三か月の処分

(1) 同原告は、右1の懲戒休職期間中にもかかわらず、本件宣伝活動を継続し、被告の信用を失墜させ、営業上の減収をもたらし多大の損害を与えた。

(2) 被告は、同原告の右行為が、就業規則七三条の二五号に該当するものとして同条但書を適用し、同六二条八号により休職三か月の懲戒処分に付したものである。

(三)  原告米田

1 同年六月一八日付休職一か月の懲戒処分

(1) 被告は同原告に対し、同月一一日、本件宣伝活動を行なつている前記宣伝カーに乗車してはならない旨の業務命令をなしたところ、同原告がこれに反し宣伝カーに乗車する旨の意思を表明したため、同原告の右行為が就業規則七二条の三号「業務上の指示命令に従わなかつたとき」に該当するものとして、同六二条五号により出勤停止一週間の懲戒処分に付した。

(2) ところが、同原告は、右出勤停止の懲戒処分を受けたにもかかわらず、右宣伝カーに乗車して本件宣伝活動を始めた。

(3) 被告は、同原告の右行為が就業規則七三条五号に該当するものとして同条但書を適用し、同六二条八号により休職一ケ月の懲戒処分に付したものである。

2 同年七月一八日付休職二か月の懲戒処分

(1) 同原告は、右1の懲戒休職期間中にもかかわらず、本件宣伝活動を継続し、被告の信用を失墜させ、営業上の減収をもたらし多大の損害を与えた。

(2) 被告は、同原告の右行為が、就業規則七三条の二五号に該当するものとして同条但書を適用し、同六二条八号により休職二か月の懲戒処分に付したものである。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁(一)(原告横田)について、1(1)のうちの宣伝内容の評価以外の事実を認め、その余は争う。

(二)  同(二)(原告中島)について、1(1)のうちの宣伝内容の評価以外の事実を認め、その余は争う。

(三)  同(三)(原告米田)について、1(1)の事実を認め、その余は争う。

五  再抗弁

仮に、原告らの行為が被告主張の懲戒事由に該当するとしても、

(一)  懲戒権濫用

被告は、本件宣伝活動を理由に、原告らを本件各懲戒処分に付したものであるところ、その宣伝内容はすべて真実であり、その方法も社会観念上相当な範囲内に止まつているうえ、原告らは従来からの被告の不当労働行為に対抗するため、やむを得ず本件宣伝活動に及んだものであるから、本件各懲戒処分は、懲戒権の濫用に該当し、無効である。

(二)  不当労働行為

被告は、原告らが正当な組合活動をなしたことをもつて殊更本件懲戒処分という不利益を課したものであるから、本件各懲戒処分は不当労働行為に該当するものであつて無効である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実はすべて否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因(一)、(二)及び(四)の各事実は当事者間に争いがない。

二原告横田、同中島及び同米田に対する各休職一か月の懲戒処分について

抗弁(一)ないし(三)の各1について判断するに、各1(1)のうち、被告が、いずれも交通事故を起こしたことを理由に、昭和五七年三月二四日、原告横田に対し、同年四月一三日、原告中島に対し、各出勤停止一週間の懲戒処分をなし、また、同年六月一一日、原告米田に対し、本件宣伝活動に参加してはならない旨の業務命令違反を理由に出勤停止一週間の懲戒処分をなしたことは当事者間に争いがない。

そこで、各1(3)についてみるに、被告は、原告らがそれぞれ出勤停止一週間の懲戒処分を受けながら、反省の色が無かつたとして、就業規則七三条「従業員が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇する。但し情状によつて減俸、格下げ若しくは懲戒休職とすることがある。」の五号「一回以上懲戒処分を受けたにもかかわらず尚改しゆんの見込みがない時」を適用し、原告らに対し、各休職一か月の懲戒処分をなした旨主張するが、被告が、右各処分の根拠としている右就業規則七三条五号は、以下に述べるとおり無効な規定と解されるから、右各処分はいずれも無効というべきである。

すなわち、同号の文言によれば「改しゆんの見込みがない」ことが懲戒事由とされており、これは、懲戒処分を受けた労働者のその後の態度等が独立に他の懲戒事由に該当しない場合においても、なお懲戒事由となるという趣旨によるものと解される(現に、被告は原告らに対し、同号のみを適用して右各処分をした旨主張している。)ので、実質的には既に処分がなされた前の懲戒事由につき再度処分をすることを許容するものというほかないところ、一般に、使用者の懲戒権行使についても一事不再理の原則は適用され、一旦処分をした同一事実について再度懲戒処分に付することは許されないと解されるから、このような懲戒事由の定めは無効といわざるを得ず、これを根拠に懲戒処分をすることは許されないと解すべきである。

なお、被告の主張によれば、原告米田に対する処分は、本件宣伝活動に参加してはならないという業務命令違反を繰り返したことを理由とするものであるから、被告は、その根拠条項として、右七三条五号のほか、前の懲戒事由の根拠条項である七二条三号(業務命令違反)も併せて、黙示に主張しているものと善解する余地がないではないが、そもそも、労働者にとつて勤務時間外の行為は原則として自由なのであつて、労働力の処分に関する指示、命令としての業務命令の対象とならないものと解されるから(勤務時間外の企業外行為が企業秩序に悪影響を及ぼしたときに懲戒処分の対象とすることは別論である。)、被告主張の原告米田に対する業務命令は効力を有せず、したがつて、業務命令違反を理由とすることによつて右処分が有効となるものではない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、抗弁(一)ないし(三)の各1は、主張自体理由がない。

三原告横田及び中島に対する各休職三か月並びに原告米田に対する休職二か月の各懲戒処分について

(一)  抗弁(一)ないし(三)の各2の事実について判断するに、〈証拠〉を総合すると右各処分に至る経緯及びその後の状況として以下の事実を認めることができ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

原告横田及び同中島は、原告横田所有の小型乗用車に拡声器を取り付けて同年四月八日福岡県南警察署長の設備外積載許可及び道路使用許可を受け、同月二〇日ころから市内において別紙二の文言による宣伝活動を開始した。被告は、右原告両名に対し各休職一か月の懲戒処分をなし、更に、同年五月二二日付で宣伝活動の中止を求める最終警告書と題する書面を渡したが、これにもかかわらず同原告両名が本件宣伝活動を継続したことから、昭和五七年五月二六日原告横田に対し、同月二七日同中島に対し、いずれも右原告らの行為が被告就業規則七三条の二五号「故意又は重大な過失により会社に損害を与え又は与えようとしたとき、若しくは、会社の信用をそこなつたとき」に該当するものとして、それぞれ休職三か月の懲戒処分をなした。

その後も、右両名は、本件宣伝活動を続け、原告米田は、昭和五七年六月一〇日ころから本件宣伝活動に参加し始めたところ、被告は、同原告に対しても、前記二で認定したとおり懲戒処分をなし、更に、これにもかかわらず同原告が右宣伝活動を継続したことから、昭和五七年七月一八日、同原告の行為が被告就業規則七三条二五号に該当するとして、休職二か月の懲戒処分をなした。

右認定事実によれば、本件宣伝活動は、その宣伝文言及び街頭においてこれを広く訴えるという態様に照らし、被告の信用を損なうに足りるものと認められるから、原告らの行為は、一応被告の就業規則七三条二五号に該当するものと認められる。

(二)  そこで、再抗弁1(懲戒権の濫用)について判断する。

1  まず、本件宣伝活動の具体的態様及びその影響についてみるに、〈証拠〉を総合すれば以下の事実を認めることができ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告らは、本件宣伝活動を始めた昭和五七年四月二〇日以降、連日午前八時ころから、福岡市東区千早所在の原告横田方を出発し、テープに吹き込んだ別紙二記載の文言を前記乗用車の拡声器のスピーカーで流しながら、午前中は主として天神、博多駅等の繁華街を回り、午後からは、被告の顧客が多く居住している東区を回つたが、その際、途中に福岡市乗用車協会事務所、陸運局等のある合同庁舎、被告の取引銀行等の関係機関の前を通るように経路が選ばれた。なお、東区を回る際には、特に被告役員宅の周辺にも赴き、そこで音量を上げぎみにして、自動車の速度を落とすようなこともあつた。

また、被告会社の従業員の親睦団体であるあけぼの会が、同年五月四日、組合に対し、右宣伝活動の即時中止を求める抗議書を渡したところ、その翌日から、同会長であつた戸田戸代一宅周辺を通るようになつた。

(2) この宣伝活動のため、既に同年六月ころには、被告従業員がタクシーの乗客から何をやつているのかと尋ねられたり、やかましいと文句を言われたりしており、また、被告配車係に対しても、やかましくて眠れない、子供が泣いて困る等電話で苦情が申し入れられ、配車の予約は以前に比して減少ぎみであつた。そのため、顧客の減少による減収を危惧した従業員らは、あけぼの会の名で、同年五月三一日、被告に対し、宣伝活動を止めさせるよう求める要望書を提出している。

2  次に、右宣伝活動における宣伝文言に関する事実について検討する。

(1) 本件宣伝文言のうち「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、地方労働委員長の命令、すなわち組合員の解雇無効や賃金支払えの命令も守ろうとしていません。」に関する事実

〈証拠〉を総合すれば以下の事実を認めることができ、同認定に反する証拠はない。

被告は、昭和四八年に瓜生哲也が代表取締役に就任して以来、同人が実権を握つて運営されていたが、昭和五一年八月、組合が博多駅前においてビラをまいたことその他を理由として当時組合の委員長であつた原告横田及び書記長であつた原告中島に対し懲戒解雇処分を、その他三名の組合役員に対して懲戒休職処分をした。これをきつかけに、その後、同年一〇月ころから、後に課長となつた元組合執行委員黒岩勇夫が組合解散を呼びかけるとともに、組合を脱退したこと等から組合の組合員が減少を始め、原告横田及び同中島の懲戒解雇当時二七名であつた組合員数が、翌昭和五二年末には右原告二名のみとなり、その後僅かな増減があつて現在は原告ら三名である。

組合は、右懲戒解雇処分が不当労働行為に該当する不当な処分であるとして、福岡地方労働委員会(以下「地労委」という。)に対し不当労働行為救済の申立をなし(福岡労委昭和五一年(不)第二三号)、原告横田及び同中島は、当裁判所に対し雇用関係存在確認等請求の訴えを提起した(昭和五二年(ワ)第八一号)。地労委は、右救済申立事件につき、昭和五二年一二月五日、右懲戒解雇が不当労働行為であると認定したうえ、被告に対し右原告両名を現職に復帰させること等を命じる救済命令を発したが、被告はこれを不服として当裁判所に救済命令取消訴訟(昭和五三年(行ウ)第一号)を提起した。当裁判所は昭和五六年三月三一日、被告の右取消請求を棄却するとともに原告横田らの前記雇用関係存在確認の請求を認容する判決をしたが、被告は、更に、いずれについても福岡高等裁判所に控訴をした(なお、雇用関係存在確認請求事件については、原告らも金銭支払請求を一部棄却された点につき控訴している。昭和五六年(行コ)第五号並びに同年(ネ)第二二一号及び同第二六九号)。その後、昭和五八年一〇月三一日には雇用関係存在確認請求控訴事件につきほぼ原告らの請求を認める判決が、昭和五九年三月八日には救済命令取消請求控訴事件につき控訴棄却の判決がなされ、右各事件は現在上告審たる最高裁判所に係属中である。

また、この行政訴訟の係属中、当裁判所は、昭和五三年三月一三日、救済命令に基づき緊急命令を発し、昭和五四年九月二〇日、緊急命令違反(勤務体系及び一時金、年功給の計算に関する違反を認めたが、処罰は勤務体系に関してのみ)により被告を過料に処した。被告は、この過料の裁判に対して即時抗告したが棄却され、これに対する最高裁への抗告も却下されている。

原告横田及び同中島が、昭和五三年三月、前記緊急命令により運転手として職場に復帰したところ、被告は、同年三月から七月までの間に、原告横田に対し五回、同中島に対し四回の出勤停止処分を、右原告両名の職場復帰直前に組合に加入した坂本常雄(以下「坂本」という。)に対し七回の出勤停止処分等をなし、昭和五四年三月二八日には、坂本に対し懲戒解雇処分をなした。組合は、右各出勤停止処分等及び懲戒解雇処分並びにその他の被告の行為が不当労働行為に該当するとして、地労委に対し救済の申立をし(福岡労委昭和五三年(不)第二四号及び同五四年(不)第二五号)、坂本については、更に当裁判所に対し懲戒処分無効確認の訴え(懲戒解雇他五回の処分についてのみ、昭和五三年(ワ)第一五七一号、昭和五四年(ワ)第七四一号)を提起した。地労委は、昭和五六年六月二三日、原告横田及び同中島に対する各出勤停止処分並びに坂本に対する五回の出勤停止処分等及び懲戒解雇処分を不当労働行為として救済命令を発したが、被告はこれを不服として、当裁判所に対し、救済命令取消をもとめる訴えを提起した。当裁判所は、同年一〇月七日、坂本に関する前記懲戒処分無効確認等請求をすべて棄却したが、救済命令取消訴訟については、坂本に関する部分の取消請求につき弁論を分離した後、昭和五八年二月二七日、原告横田及び同中島に関する部分の取消請求を棄却した。坂本に関しては昭和五八年一一月八日右分離後の救済命令取消請求事件手続において、依願退職を前提に前記懲戒処分無効確認等請求に対する控訴取り下げ等を含む和解が成立した。

(2) 本件宣伝文言のうち「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、労働組合を毛嫌いし、組合員に嫌がらせをしたり、差別や処分を乱発しています。」に関する事実

〈証拠〉を総合すれば以下の事実を認めることができ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

ア 被告の従業員による自損も含めた交通事故件数は年間約一〇〇件程度であるが、昭和五三年以降昭和五七年までの間、被告が事故を起こした者に始末書を提出させたのは一六件である。そのうち原告横田が四件、同中島が一件、同米田が二件である。また、昭和五五年から昭和五七年までの間に同じく被告が出勤停止の処分をなしたのは六件であるが、うち原告横田が一件、同中島が一件であり、他に昭和五五年三月に組合員となつた(但し公表はしていない。)水流添五郎に対し同年四月になされた一件がある。

イ また、被告においては、毎朝乗務前に安全運転の徹底をはかる等のために点呼を行うが、被告の管理職員は、原告らに対する点呼の際、原告らに対し挑発的な言動を取つたり、ことさら長時間にわたつて注意をしたりしたことがあるほか、無線で配車する際、一般にタクシー運転手にとつて有利な長距離の配車は組合員を除き、逆に不利な雨天時の配車ないし近距離の配車は組合員を充てるなどの差別的扱いも存在した。

(3) 本件宣伝文言のうち「かえつて、瓜生社長は、慰安会や忘年会から組合員だけをはじき出し、村八分しようとしています。」に関する事実

〈証拠〉を総合すれば以下の事実を認めることができ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

ア 被告における従業員慰安旅行は、かつて被告主催の行事としてなされていたところ、昭和五二年九月、八年ぶりに再開された。昭和五三年には、原告横田及び同中島が前記緊急命令により職場に復帰した後の五月に実施されたが、参加予定者の中に右原告両名は含まれておらず、同原告らが被告に対し自分達を参加させるよう申し入れたのに対し、被告は同旅行はあけぼの会の主催であるとして同会の会員でない原告らの参加を拒否した。そこで、組合は、これが不当労働行為に当たるとして、同年六月二三日の地労委への救済申立(昭和五三年(不)第二四号)事項の一つに掲げた。被告社内従業員慰安旅行は、翌昭和五四年には五月に実施されたが、やはり右原告両名は参加を拒否された。昭和五四年六月二日の社内報「あけぼの」(編集発行責任者は被告の取締役部長である北崎定彦)には、職場委員会名で「恒例の社内従業員旅行を本年度から、あけぼの会の自主的な運営で……」と記載されているが、その経費はほとんどが被告より援助され、また、被告の会社役員が出席し、旅行コースの計画方法、宴会の式次第等その実施方法にも前年とほとんど変化がなかつた。

被告における昭和五三年の忘年会は、被告従業員全員出席のもとに行われることになつていたが、原告横田及び同中島は、それぞれの自己都合により出席しなかつた。翌五四年の忘年会は、原告横田及び同中島も出席する予定にされていたが、前日になつて被告役員が右原告らに対し、あけぼの会会員が右原告らの参加は面白くないといつている旨発言し、事実上その出席を拒んだことから、原告横田及び同中島は、結局同年及びこれ以降の忘年会に出席しなかつた。

イ なお、そもそも、このあけぼの会なる組織は、被告会社の従業員によつて構成された、会員の親睦、社会的地位の向上、福祉の増進を目的とする団体であるが、その結成大会に至る準備を被告管理職の者が行なつたり、昭和五三年三月五日に行われた結成大会において組合とつながりの深い坂本常雄が職場委員長に選出されたところ、その直後の同月一〇日に、五日の大会の出席者が少なかつたとの理由から被告課長室へ従業員を個別に呼び出して再投票を行なわせたり(この結果坂本は職場委員でなくなつた。)、後に、会員になることのできないものとして、「上部団体を持つ組織、組合に加入している者」と定めて組合員が加入できなくしたりした等、職場復帰が確実となつた原告横田及び同中島の孤立化をはかろうと意図する被告の影響力を強く受けた団体であつた。

3  以上の事実に基づき、原告横田及び同中島に対する各休職三か月並びに原告米田に対する休職二か月の各懲戒処分が懲戒権の濫用に該当するか否かについて検討することとする。

(1) まず、原告らによる本件宣伝活動が被告の信用を損なうに足りるものとして、被告の就業規則七三条二五号の懲戒事由に該当することは、既に説示したとおりであり、本件宣伝活動により、被告に対し乗客や付近住民からの苦情が寄せられ、その営業成績にも影響を及ぼした事がうかがわれること、その文言は、被告代表者個人の名前を殊更繰り返し、かつ、ある程度煽動的な表現になつていること、また、その宣伝態様も、連日朝から夕方にまで及ぶものであり、被告役員宅の回りで特に音量が上げられていること等からすると、原告らの行為の違法性及び責任の程度は必しも軽徴なものとは言い難い。

(2) しかしながら、その宣伝活動の文言を検討すると、概ね三つの事実を述べていると見られるところ、その内容は、特に虚構の事実を含んでいるものとは認められない。すなわち、

ア 第一の「あけぼのタクシー瓜生哲也社長は、地方労働委員会の命令、すなわち組合員の解雇無効や賃金支払えの命令も守ろうとしていません。」という点は、前記2(1)で認定のとおり、当時既に、組合を申立人、被告を被申立人とする救済命令が三件存在し、かつ緊急命令で強制された以外には被告がその命令をそのとおり履行していない事実が存在するのであるから、右文言に虚偽があるとは言い難い(行為の主体が被告会社ではなく被告代表者瓜生哲也個人とされていることも、同人が現実に被告において実権を握つていることに照らすと、事実に反するとは言えない。)。

〈証拠〉中には、被告は右命令につき司法判断を仰ぐべく裁判所に提訴しているのに原告らがこれを殊更隠蔽しているのは不当であるとする部分があるが、なるほど行政訴訟を提起することは当然の権利であるにしても、そのこと故に救済命令の法的効力が無くなるものでないことは多言を要しないところであり、訴訟の結果救済命令が取り消されているならばともかく、本件においてはむしろ第一審において被告の取消請求が棄却されているのであるから、原告らが被告の行政訴訟提起について宣伝文句の中で何ら触れていないからといつて、これを非難するのは相当でなく、右各供述部分を採用することはできない。

イ 第二の「あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は、労働組合を毛嫌いし、組合員に嫌がらせをしたり、差別や処分を乱発しています。」という点は、まず、前記2(1)で認定のとおり被告が原告らに対してなした各種懲戒処分が不当労働行為に該当することを前提にする救済命令及び裁判所の判決が数多く出ていることに照らし、原告らにおいて、被告が不当労働行為をしていると判断する相当な根拠はあると言うべきである。

また、前記2(2)で認定のとおり、交通事故に対する被告の対応を見ると、被告の従業員が約六〇名であることに照らすと組合員に対する処分の比率が極めて高いなど、被告が組合に対して差別をしている疑いがあるほか、被告が原告らに対して朝の点呼の際に嫌がらせをし、配車において差別をした事実も認めることができるから、これらの事情に照らすと、原告らの右宣伝文言は、表現の当否はともかく、事実に反すると言うことはできない。

ウ 第三の「かえつて、瓜生社長は、慰安会や忘年会から組合員だけをはじき出し、村八分しようとしています。」という点は、前記2(3)で認定のとおり、原告横田及び同中島が慰安会や忘年会から排除されていることは間違いがないところ、この点につき、被告代表者は、右慰安会等は、あけぼの会の主催によるもので、被告は、費用の補助をしているに過ぎず、被告とは関係がないし、組合が同様の催しをする場合にはあけぼの会に対すると同じく費用補助する旨供述しているけれども、形式的にあけぼの会主催とされていても、前認定のとおり、そのあけぼの会自体が強く被告の影響力を受けている団体であるから、これを実質的に見て被告が「慰安会や忘年会から組合員だけをはじき出し」と表現してもあながち真実に反するものとは言い難い。

(3) 組合が本件宣伝活動を始めたことについては、被告の組合に対する一連の対応がその大きな誘因となつたものと認められる。

すなわち、原告らが、本件宣伝活動を始めるまでの経緯をみると、被告は、原告中島及び同横田に対する懲戒解雇を不当労働行為とする救済命令につき、その取消を求める行政訴訟を提起する一方、右救済命令の履行を命ずる緊急命令に伴い職場に復帰した右両名に対し、数次にわたつて出勤停止処分をなしたが、右各処分が不当労働行為に該当する旨の救済命令が出されるや、これについても、その取消を求める行政訴訟を提起していたところ、前記の懲戒解雇を不当労働行為とする救済命令の取消訴訟及び右両名が右解雇の効力を争つて提起した雇用関係存在確認請求訴訟については、昭和五六年三月三一日に、被告敗訴の第一審判決が言い渡され、被告はこれに対し控訴していたもので、このような経過の中で、被告は、従業員が交通事故を起こした場合の事後措置、朝の点呼の際の対応、配車等において、原告ら組合員に対し、差別的な取扱をし、また、組合員を事実上慰安会や忘年会に参加させないようにしていたものといわざるを得ない。

別紙一

別紙

被処分者

処分年月日

期間

1

原告  横田重信

昭和五七年四月二六日

一か月

2

同年     五月二六日

三か月

3

原告  中島九州男

同年     四月二七日

一か月

4

同年     五月二七日

三か月

5

原告  米田三男

同年     六月一八日

一か月

6

同年     七月一八日

二か月

本件宣伝活動は、昭和五七年三月末から四月にかけて準備され、同月二〇日ころ開始されたもので、その直接的な動機は、被告が原告横田に対し同年三月二四日になした(交通事故を理由とする)出勤停止処分に対する反発にあるのではないかという疑いが残るものの、前記経緯に照らすと、基本的には、前記のような被告の組合に対する一連の対応が、組合が本件宣伝活動を行うについての大きな誘因となつたことは明らかである。したがつて、組合が本件宣伝活動を行つたことについては、被告にもその責任の一端があるというべきである。

(4)  以上のとおり、本件宣伝活動は、文言上特に虚構の事実を含むものではなく、かつ、被告にもその責任の一端があるというべきところ、被告は、原告らに対し休職一か月の各懲戒処分をなした後、その期間が経過するや直ちに、本件の休職二か月または三か月の各懲戒処分をなしたものであり、しかも、先行する休職一か月の各懲戒処分は、前示のとおり、無効のものといわざるを得ないことも併せ考えると、前記(1)でみた原告らの行為の違法性、有責性を考慮に入れても、なお、被告が原告らに対し本件の休職二か月または三か月の各懲戒処分をなしたのは、社会通念に照らして合理性を欠くといわざるを得ず、右各懲戒処分は、懲戒権者たる被告の裁量の範囲を超えてなされた無効のものと判断される。

よつて、再抗弁1は理由がある。

四以上によれば、本件懲戒処分はいずれも無効であるから、その無効確認並びに休職期間中の平均賃金及びこれに対する履行期後の遅延損害金の支払を求める原告らの本訴請求はすべて理由がある。

五よつて、原告らの本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤浦照生 裁判官倉吉敬 裁判官鹿野伸二は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官藤浦照生)

別紙二 宣伝内容

市民のみなさん、御通行中のみなさん、こちらは全自交あけぼのタクシー労働組合です。

あけぼのタクシーの瓜生哲也社長は労働組合を毛嫌いし、組合員にいやがらせをしたり、差別や処分を乱発しています。

あけぼのタクシーの瓜生社長は地方労働委員会の命令、すなわち組合員の解雇無効や賃金支払えの命令も、守ろうとしていません。

かえつて瓜生社長は慰安会や忘年会から、組合員だけをはじき出し、村八分しようとしています。

あけぼのタクシーの瓜生社長は、地方労働委員会の命令を守れ。

あけぼのタクシーの「瓜生社長」は、人権無視のいやがらせをやめろ。

あけぼのタクシーの「瓜生社長」は、時代錯誤の労働組合敵視をやめろ。

こちらは全自交あけぼのタクシー労働組合です。

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